【佐藤ママ流 中学受験塾の思い出2】塾のクラス分けと灘校の運動会

Examination of Junior High school

【佐藤ママに聞いた中学受験塾のエピソード】

中学受験を目指す親子にとって、塾に入塾する時は、
これから始まる生活がどんなものになるのか、どんな勉強に出会うのか、
期待と不安で入り混じる気持ちではないでしょうか。
駿台・浜学園アドバイザーを務める佐藤ママこと佐藤亮子氏に
中学受験 浜学園時代の楽しいエピソードや笑顔で塾に通うポイントを伺いました。
三回に分けてシリーズでお届けします。
第二回の今回は、塾のクラス分けと灘校の体育祭で感じたことについてです。

【エピソード2:中学受験塾のクラス分けと灘校体育祭のリレー】

中学受験塾 浜学園のクラス分けは、所定のテストの偏差値で決められます。
偏差値が0.1ポイント足りなくてもすっぱり切られて、下のクラスに落とされます。
それがあまりにも鮮やかで、いつも感動していました。
その辺りが「なあなあ」だと子供は真剣にはなれません。
1点で合否が分かれる受験の厳しさを教える意味でも大切な経験だと感じました。

当時の浜学園では、毎回のテストで成績ベスト3とワースト3が板書されました。
子どもたちは科目によって得意不得意があるので、順位は色々入れ替わっていました。
ベスト3に入れば「すごいね!」、ワースト3なら「がんばれよ!」という雰囲気でしたね。
その科目の苦手な子どもが得意な子どもに質問したりして、
お互い教え合うというように、みんな一緒に頑張って合格しようという感じでした。

灘中学校・灘高校の校風も似たところがあります。
一人ひとりにはそれぞれの価値があると認識していて、
お互いの個性を否定も肯定もせずにありのままを認め合うという人間関係が構築されていました。

灘の体育祭について感動したエピソードがあります。
クラス対抗リレーの選手決めの際、あるクラスで足の遅い子が、
「僕は今までリレーに出たことがない。一度出てみたい」と、挙手したそうです。
確かに、小学校のリレーはだいたい足の速い順番に選ばれて選手になりますね。
クラス対抗なので、当然そのように速い子を選ぶと思いきや、
「そっか。じゃあお前な。」
と、クラス全員で賛成して、彼がよりによってアンカーに決まりました。

体育祭当日、リレー本番では案の定ダントツに遅くて、
他のチームのアンカーはずっと前に走り終わってグラウンドを走っているのは彼一人。
そして周回遅れでした。
すると、クラスのみんなが出てきて、彼を遠巻きに囲みながら一緒に走り出しました。
彼の肩を頑張れよというように叩いたりは決してせずに、
ただその子の周りを少し離れながら囲み、彼のペースに合わせてみんなで黙々と。
そして、彼がゴールに入る時、周りの子どもたちはさっと散って、
ゴールには彼だけが走り込んで行きました。
それはそれは、美しい光景でした。

生徒も保護者も、全員が「おー!」と、最後まで一生懸命走りきった彼に、
割れんばかりの拍手を送りました。
そして、彼がゴールした後、
クラスのみんなが飛び出してきて肩や頭や背中をぽんぽん叩いてねぎらっていました。
その光景にもまた、大きな拍手が送られました。

みんなで励ましあい、助け合いながら目的に向かって行く。
そのような考え方は、中学受験の塾で日々授業やテストを通して、
小学生の時に培ったものではないかと思いました。

【中学受験塾に楽しく通うためのポイント2】

テストの点数が悪くても、塾のクラスが落ちても落ち込む必要はありません。
その時その時で、自分の立ち位置を認めること、
どこで点数を落としたのかを具体的に考えること、
その上で、冷静に自分を見つめる材料にしましょう。
ただ、そのように冷静に見つめ直す作業は、子ども一人ではできないので、
親も冷静に寄り添って行うことが大切です。

佐藤ママ流 中学受験塾の思い出:エピソード1 甘くなかった初めてのテストはこちらから

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ーーー佐藤 亮子氏(佐藤ママ)ーーー

佐藤ママ

長男、次男、三男は灘中学に、
長女は洛南中学に中学受験で合格。
その後、3男1女全員が東大理科三類に合格。
中学受験では、4人全員を浜学園に10年間通わせたことから、
現在は浜学園、駿台・浜学園のアドバイザーを務める。
その育児法や教育に注目が集まり、
執筆や全国での講演、テレビ出演など引く手数多。